東京高等裁判所 昭和26年(ネ)1150号 判決
被控訴人が昭和十二年三月頃控訴人ら先代清水浄に対し東京都中央区湊町一丁目一番地の六所在の木造トタン葺二戸建二階家屋一棟建坪二十一坪二合五勺、二階十七坪五合の内向つて左側の一戸建坪九坪三合七勺五才二階八坪七合五勺を賃料一ケ月三十八円で期間の定なく賃貸したこと、清水浄が昭和二十二年十月十五日死亡し、控訴人とし、同美千代が相続により賃借人の地位を承継したことは、当事者間に争のないところである。
被控訴人は、控訴人らが昭和二十三年二月頃本件家屋階下を訴外東海印刷所に、二階を訴外有賀豪にいずれも被控訴人に無断で転貸使用せしめたとし、同年二月十一日附書面及びこれを補正する同年十一月十二日附書面で控訴人らに対し賃貸借解除の意思表示を発し、右書面はその頃控訴人らに到達し本件賃貸借は終了したと主張するので、まず東海印刷所に対する無断転貸の事実について按ずるに、原審証人横田庄太郎、松本正、当審証人青木幸吉(但し後記措信しない部分を除く。)の各証言、原審及び当審における控訴人(被告)とし本人尋問の結果を綜合すれば、清水浄は昭和八、九年頃から本件家屋に居住し、印刷機械二台を備えて印刷業を営んでいたが、戦時中企業整備のため廃業し、印刷機械を解体供出して了つたが、終戦後松本正の斡旋で青木幸吉と共同で印刷業を営むこととなり、昭和二十二年三月頃青木幸吉は本件家屋階下土間に印刷機械を搬入し、清水浄はケースその他印刷用部品を提供し、両者共同で印刷業を開始することになつたが、清水浄は間もなく病気にかかつて死亡し、青木幸吉を代表者とする合資会社東海印刷所が昼間のみ本件家屋階下土間を使用して印刷業を営み、控訴人らは本件家屋のその余の部分に居住していたこと控訴人としが清水浄が病気になつた後、及びその死後青木幸吉から百五十円づつ二回、材料代として二千八百円一回受け取つたこと、控訴人としは同人の父を通じ清水浄の死後青木幸吉に対し共同経営の実現方を要求し、拒絶されるや青木幸吉に対し本件家屋より退去を要求し、同人の退去までの間控訴人らの生活資金として五千円づつ二、三回受け取つたこと、青木幸吉ないし合資会社東海印刷所は昭和二十三年九月十日本件家屋から退去したことを認めることができる。右認定に反する当審証人青木幸吉の証言は信用しない。そして右認定事実によれば、控訴人らの先代浄及び控訴人らが青木幸吉ないし合資会社東海印刷所に使用を許したのは本件家屋階下土間(右土間は当審における検証の結果によれば本件家屋階下の約三分の一、二階と合すれば約五分の一にあたる)に過ぎず、合資会社東海印刷所ないし青木幸吉と清水浄及び控訴人らとの関係は単なる転貸借関係ではなく、清水浄及び控訴人らは本件家屋階下土間の部分とについても青木幸吉らと共同占有関係にあつたものと認められる。しかもその期間は控訴人としの夫であつた清水浄の罹病及び死亡の前後にわたる約一年半の間で、殊に浄の死後は控訴人らにとつては生活の脅威に直面していた時であつたと認められるのである。いつたい、賃借人が賃貸人の承諾なく第三者をして賃借物の使用をなさしめた場合においても、賃借人の当該行為が賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情がある場合においては民法第六百十二条の解除権は発生しないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和二五年(オ)第一四〇号昭和二八年九月二五日第二小法廷判決参照)。前段認定の本件の場合は、第三者に使用せしめた箇所が全賃借家屋の五分の一であり、その部分についても控訴人らは共同占有の関係にあり、かつ右の如き第三者の使用を短期間に終らしむべく、控訴人らが努力せること、本訴提起前(本訴の提起は昭和二十四年五月十日)控訴人らが第三者の賃借物使用を中止せしめたこと、しかも第三者の使用期間は控訴人らにとり、父であり夫であつた清水浄の死亡の前後にわたり、かつ終戦後の混乱期を全く脱せざる期間であつたこと等の事情はまさに賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情ある場合にあたるものであり、本件の場合は民法第六百十二条第二項による解除権は発生しなかつたものと解するのが相当である。